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読み物:バックナンバー

「よっ、大棟梁」

JR西荻窪南口から歩いて三分ほどの所に昭和初期の文化住宅を再生した店、 Re:gendo(りげんどう)をオープンしました。 「よっ大統領」ならぬ「よっ大棟梁」。 ナンダカンダ言いながらも棟梁大吉に声援を送る登美は、結局のところ似た者夫婦なんでしょうか。

ここまでやれば立派

結婚当初、大吉っあんは趣味のない人だと思っていた。 ところが二十代後半、本店の改修工事以来、 脱級建築士、大吉っあんは目覚めてしまった。

包装を見直しました

限りある資源をいかに無駄なく活用するかが問われる時代です。 そこで、包装資材を見直すことになりました。 と、大層なことを言っても正直なところ最初は今まで使用していた手漉き和紙が あまりにも高くつきすぎるので、それに代わるものでのコストダウンが目的でした。

「三浦類の職場放浪記」WEB公開決定

群言堂広報誌「三浦編集長」の人気コーナー、「三浦類の職場放浪記」がWEBでも読めるようになりました!

ウェブサイトリニューアル致しました。

石見銀山生活文化研究所のHPとオンラインストアがリニューアル致しました。 今まではオフィシャルHPとオンラインストアが別々にありましたが、 より皆さんに暮らしの事やお買い物を楽しんで頂けるように、 読み物やお買いもの、またお店でのイベント情報などを発信してまいります。

家出(別居)のすすめ

「人生で今が一番若い時」とはよく言われることだが確かにこれから若くなることはない。衰えを傍らに一刻一刻、確実に老いてゆくのだ。私は今年還暦を迎える。尚更に実感が増す。

ターシャーテューダー

一冊の本との出会いから大きく影響を受けることがある。ターシャーテューダーの本との出会いは正にそれだった。九年も前のことだろうか、旅先は山梨県の山中で見つけた絵本作家のアトリエ兼書店。小さな山小屋風の建物には、立派な髭の真っ白い山羊が番をしていた。

信じる

ある本で読んだ言葉が強く心に残っている「工業化時代、物は良いか悪いかだった。情報化時代は好きか嫌いか。心の時代は信じるか信じないかだろう」二十一世紀は心の時代と言われて来た。

新たに「心の物差し」を

土蔵の中から偶然見つけたボロの風呂敷は、穴が開いたり破れたりしたところにていねいにつぎはぎがしてあった。何の作為もなくはぎあわされた模様の美しさに魅せられて、それを生地に表現したいと思った。

今日からはじまる阿部家日記

阿部家は寛政元年およそ230年前に建てられた家である。平成14年4月第一期工事で母家が修復された。翌15年から私はこの家に移り住んだ。

暮らしの中の豊かさ

近頃、日常の暮らしを大切にしたいという思いが強くなりました。出張で飛びまわり月々のスケジュール表がびっしり詰まっていることに充実感を感じていた頃もありましたが、今は阿部家という家を通じて日常を丁寧に暮らすことに喜びや楽しさを感じています。

ボロの美

「ボロの美」という本に出会った。刺し子のような針目で、チクチクと一針一針不揃いだけど、丁寧に刺した酒袋。掛継ぎだらけの子供の着物。無数の布を継ぎ接ぎした布団。そのボロの中に錦にも優る美しさを見た。

「犬馬難 鬼魅易」

「犬馬難 鬼魅易」(ケンバムツカシ キミヤスシ)一ヶ月ほど前のことです。アレックス・カーという東洋文化研究者の書いたものを読む機会がありました。その中で犬馬難鬼魅易という表現を知り、それ以来こ の言葉が頭から離れなくなりました。

「おに」がうまれて来る所

発売以来好評を頂いている見守り鬼は、 島根県江津市にある、社会福祉法人いわみ福祉会 ワークくわの木江津事業所の 利用者と支援員の方々につくって頂いています。

群言堂の紙袋

群言堂の紙袋は一枚一枚手で裂いた紙を 袋に貼り付けていただいています。

群言堂石見銀山本店

大森のメインストリートにある群言堂本店の建物は、わたしたちが最初に購入した古民家です。 群言堂の服、雑貨、寝具などを扱うショップに、 展覧会も開けるギャラリースペース、カフェを併設しています。

無邪く庵

無邪く庵では、誰もが素の自分に戻れます。 肩書きや年齢など、社会で身につけた余分なものを脱ぎ捨て、 素直に語り合うことができます。 本質を求めていくと飾らない生き方になることを、わたしはこの場所で学びました。

人々の集いの場所へ

この家が1996年に移築されたとき、長い時間をかけて思い描いたさまざまなものが、 結ばれてきたことを感じました。 一つひとつは些細なことでも、必要なものを拾い集めれば大きく育っていく、 そんな実感がありました。

鄙舎との出会い

鄙舎と私たちとの出会いは「土地に根ざしたものをつくりたい。 日本で、石見銀山という土地をべースに仕事をしていきたい」 そう思い始めていたものの、こんな田舎で本当にできるのか、なかなか踏み込む勇気が持てずにいたころです。

只という生き方

十四年前、私達は本社屋を建てるために千坪ほどの土地を手に入れた。 しかし、この大森の町に利便性効率性優先の会社然とした建物を建ててよいのだろうかと、大吉っあんは思案していた。
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