石見銀山 群言堂

第十一話 英子さんが見ている景色|十和田湖畔の喫茶店から 中野和香奈

喫茶憩いは風が吹きつける場所。吹き溜まりでここ最近は雪で窓が半分埋まってます。これもまた一興。

こんにちは。2月も末、十和田湖の冬も終盤です。

雪の降る十和田湖が一番好きな季節なので、毎年この時期になると冬が終わらないでほしいと寂しい気持ちになります・・・

今日はいよいよ最終回直前。そういえば、毎回登場する英子さんのことをあんまり書いてないなと思い、今日はちょっと話を聞いてみました。

毎回トップ画像に据えてるこの借景は、実は英子さんの視点。歯医者以外は休まず営業する「喫茶憩い」。カウンターに立っている英子さんは、365日、毎日この景色を眺めているのです。

英子:ここの窓、今は視界が開けているけど、木が生えていた時期があったの。この状態になったのは5、6年前だったかしら。

中野:それまではこの景色が隠れてたんだね。

対岸を双眼鏡でよく覗いている英子さん。向こうの山に入りたいとよく呟いています。

英子:何とも思ってなかったんだけど、あるときお客さんに「いい景色ですね」って言われて以来、この窓から見る十和田湖の景色が好きになったの。

中野:双眼鏡でいっつも向こう側を覗いてるよね。

英子:ここにお嫁にきてね(英子さんの実家は十和田湖から車で50分くらいの農家。姉姉姉兄がいる5番目の末っ子)、勝男(夫)が新しい商売(喫茶店)を始めることになったの。もう40年以上も前ね。お客さんもすごく多くて忙しかったのよ。従業員だって2人雇っていたんだから。十和田湖のこと見ている余裕なんてなかったの。子育てもあったしね。

中野:従業員2人!(喫茶憩いの座席数は19) すごい忙しかったんだね。でも、英子さんはここに来れば「今日はいい青ねー」「キレイだわー」「こういう時カヌー乗りたい」っていつも十和田湖が綺麗だって言ってるイメージだから、住み始めてからずっとそういう気持ちなんだと思ってたよ。

英子:どこかに出かけて帰ってくればね、やっぱりここがいいって思ってはいたけど、子供の手が離れて、客足も落ち着いてからね。気持ちに余裕が出てきて、毎日が素晴らしいと思えるようになったのは。

中野:そうなんだ。

英子:今では十和田湖から離れるなんて考えられないし、この景色を、こたつがあるような一般家庭の居間で見ている自分も想像つかないわ。

中野:じゃあ一生店主だね。ここから毎日景色見てないと死んじゃう生物だ。

英子:それも嫌ね。何にもないし。

中野:この景色があるよー 何にもなくはないよ。

英子:この景色? そうね。これは売りたくないわね(笑)

カヌーガイドの息子の誘いで夕暮れの十和田湖へ出発。湖の上で生き生きしています。

中野:でもさ、英子さんは最近ようやくって言うけど、やすくん(連載第2回)は小さい頃に英子さんの感受性の強さに色々教わったって言ってたよ。

英子:十和田湖に限らずで、夕暮れの空の三日月とかすごく綺麗でしょ。昔からなんだけど、そういうキレイなものやおもしろいこと見つけたら、みんなに教えたいって思うのよ。泰博に限ったことじゃないのよね。

中野:じゃあ、いつの季節が一番好き? みんなに見せたい季節。

十和田湖の春。山桜と新緑のコントラストが賑やかな季節です。

英子:春! 芽吹が綺麗で、それを見ると頑張って行こうって思えるの。やっぱり紅葉が終わる秋は寂しい気持ちになる。

中野:春は大好きな山菜もあるしね(連載第4回)。ここに立っていることが英子さんの天職だ。

英子:そうね。景色もいいけど、ここにお友達が寄ってくれたり、旅行中の違う土地の人と喋れるのも楽しいわね。あなたたちみたいな若い子たちが来てくれて、世代の違う子と交流するのも嬉しい。

中野:本当にいい場所だもん、ここ。

英子:小学校の頃ね、十和田湖がいい、いいって周りに聞かされて、行ったこともいないのに家の近所にでもあればいいのにって思ってたことあった。

中野:え、それは願いが叶ったね。

英子:そう。足も浸かれる距離よ。

中野:やすくんとよく話している“十和田湖の不思議な引力“ってのに引き寄せられたのかな。

英子:選んだ人の家がたまたま十和田湖だったってだけよ(笑)


筆者プロフィール

中野和香奈

なかの・わかな

編集者/インテリアコーディネーター。住宅会社のインテリアコーディネーターを4年勤めた後、北欧雑貨・家具をメインに扱うインテリアショップへ転職。店長、バイヤーを経験。2014年から雑誌編集の世界へ。雑誌『Discover Japan』の編集を経験し、現在は十和田サウナを運営する合同会社ネイチャーセンス研究所所長のかたわら、編集・執筆、インテリアコーディネートの業務も行う。

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