石見銀山 群言堂

第十話:生きる糧を土からいただく|南阿蘇の水に呼ばれて 植原正太郎

移住してからどんどん本格的になっているのが「畑」だ。このコラムでも何度か紹介してきたが、現在は2つの畑をタダでお借りしながら、素人なりに野菜づくりの試行錯誤を続けている。広さは合わせると25メートルプールくらい。

この面積を都会で借りるなんてまずありえないだろうが、地元の人も管理しきれない田畑がたくさんあるので増やそうと思えばいくらでも増やせる。だけど、共働き子育てしながらの管理はこれくらいが限度なのでとどめている。

今年増やした畑。南阿蘇の畑はどこも景色が良いのが格別。

世は空前の「土」ブーム。俳優の山田孝之さんや柴咲コウさんが自分の畑で本格的に土づくりしながら、野菜を育てて世間を驚かせている。最近では「土」関連の書籍にも多くの注目が集まっていて、土壌生態学や環境再生、食と腸内環境、リジェネラティブ農業など様々な領域で「土」の可能性が再発見され、ぼくら人間にとって不可欠な「土」をどうやって良いものにできるかということが探究されている。

僕らの畑でも「有機・無農薬」という制限の中であの手この手を試している。菌ちゃん農法、不耕起栽培、生ゴミ完熟堆肥、リビングマルチなど。土壌の微生物が豊かになったり、まわりの自然環境にもポジティブなアプローチを模索している。

社会の大きな流れの中で、自分の畑で手を土まみれにしながら学べるということは純粋に楽しい。「知ることは、感じることの半分も重要ではない」というレイチェル・カーソンの言葉が思い出される。

玉ねぎ200玉の収穫。我が家の1年分を自給できた

左:菌ちゃん農法で育てているズッキーニ / 右:畑で育てるお米「陸稲」の実験

そうして育てた野菜たちが自分たちの食卓に並ぶことは今では当たり前になったが、移住前に追い求めていた「豊かさ」がこうして実現できていると思うと感慨深い。

都会に暮らしていた頃は、野菜はほぼ100%近所のスーパーで購入していた。季節外れの野菜が並んでいてもその不自然さにはまったく気づけなかったし、その野菜が育った「土」に想いをはせることも微塵もなかった。

自分で野菜を育てるという体験を積むことで、僕自身の世界の捉え方が変わったのかもしれない。「食べるための野菜を買う」という感覚が「生きる糧を土からいただく」という感覚に変わったのだ。

それと同時に「いただいたら、返したくなる」という気持ちも湧いてくる。土がより健康に、より豊かになるためにはどうしたらいいか。そんなことを考えながら、仕事と子育ての合間に畑に向かう日々は充実している。

去年シカに喰われた大豆は畑を変えてリベンジ中

近くの小屋に住み着いてるタヌキ一家に夜な夜な襲撃された

しかしながら「生きる糧」を自ら得るというのはそんなに簡単なことではない。息子の大好物のとうもろこしを育てていたのだが、実をつけ始めたところで一斉にタヌキに喰われた。生きる糧を土からいただいているのは、人間だけではないのだった…。


筆者プロフィール

植原 正太郎

うえはら・しょうたろう

1988年4月仙台生まれ。いかしあう社会のつくり方を発信するWEBマガジン「greenz.jp」を運営するNPOグリーンズで共同代表として健やかな経営と事業づくりに励んでます。2021年5月に家族で熊本県南阿蘇村に移住。暇さえあれば釣りがしたい二児の父。

WEBマガジン「greenz.jp」

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