第三話 30年の時を経て湧いてくるもの|南阿蘇の水に呼ばれて 植原正太郎

家のすぐ近くに「塩井社水源」という湧水地がある。塩井神社の境内で静かに水をたたえながら、毎分5トンもの湧き水で近隣の田畑を潤している。

陽が入ると青く輝く水面には、心も洗われる。友人が遊びに来てくれた時には、必ずご案内する。

美しい水辺に感動するのは、人類の遺伝子に刷り込まれた感覚なのではないかとたまに思う。大昔から綺麗な水は命の源であり、見つけた時の感動はいまも僕たちの中に残っているはずだ。

塩井神社の再建と湧水の復活は、熊本地震からの復興の象徴的な出来事

この塩井社水源は古くから「水の神様」として祀られ、大切に守り続けられてきたが、熊本地震の際には社殿は崩れ、断層の変化からか湧水も止まってしまった。

しかし、地域の皆さんの祈りが通じて、1年後には復活してかつてのように水をたたえるようになり、社殿も再建された。お散歩の際には必ずお参りしている。

阿蘇の湧水地は、エリア全体で1500箇所にも及ぶそうだ。南阿蘇村内にも塩井社水源をはじめとして代表的な湧水地が11箇所あり、多くの観光客が足を運んでいる。

村内にある小池水源も好きな湧水地のひとつ。夏の夕暮れはホタルの舞が見もの

そんな湧水は見て楽しむだけではなく、飲み水としても地域の人を潤す。

我が家も引っ越してきた当初は塩井社水源から汲んでいたが、お魚さんも泳いでいる池なので、地元の人も飲み水としてはあまり使っていない。
たしかに、汲んで数日経つと池のような香りが気になる(笑)

今は、近所にある「村上養魚場」という養殖ヤマメを販売するお店が地下から汲み上げている水を、ご厚意でいただいている。ここは知る人ぞ知る名水と言われており、地下水脈からの水は新鮮そのもの。

我が家は飲み水だけではなく、コーヒーを淹れたり、ご飯を炊く時にも使っている。
南阿蘇村は蛇口の水も十分に美味しいのだが、汲み上げられた水は違いが分かるくらい美味しい。この土地の豊かさを味覚で感じる瞬間だ。

さて、そんな湧水はどこからやってくるのだろうか?調べてみると、阿蘇の草原やカルデラに注いだ雨水が火山地層を通ったのちに、20〜30年かけて湧いているそうだ。

つまり、いまこうして目の前で湧いてる水は、僕が生まれた頃にこの地に降った雨水ということになる。そんな風に想いを馳せるとなんだか不思議な感覚になる。

子供のときに「いま見ている星の光は、何百年前の光が届いてるんだよ。もしかしたら、その星はすでになくなっているかもしれない」と、どこかの大人に教えてもらったときの感覚に近いかもしれない。

自分が理解できる時間軸よりも長いものに触れた時に、人は驚きや畏れ(おそれ)を感じるようだ。それと同時に「有り難い」という感情も芽生えてくる。9万年前の大噴火で形成された阿蘇という大地はそういう感覚を養ってくれる場所なのかもしれない。

私事ながら、先日34歳の誕生日を迎えた。この世に生まれてから30年以上が経っているので、そろそろ阿蘇の湧水のように内側から何かが湧いてきているかもしれない。自分に耳を澄ませて「ぷくぷく」という音を感じてみたい。

水源涵養のために冬も田んぼに水を張って土中に染み込ませる冬期湛水も美しい風景


筆者プロフィール

植原 正太郎

うえはら・しょうたろう

1988年4月仙台生まれ。いかしあう社会のつくり方を発信するWEBマガジン「greenz.jp」を運営するNPOグリーンズで共同代表として健やかな経営と事業づくりに励んでます。2021年5月に家族で熊本県南阿蘇村に移住。暇さえあれば釣りがしたい二児の父。

WEBマガジン「greenz.jp」

暮らしびとの他の記事