石見銀山 群言堂

第一話 私が十和田湖に「暮らす」ということ|十和田湖畔の喫茶店から 中野和香奈

喫茶憩いから臨む美しい借景。

ここは「喫茶憩い」。
私はよく仕事の合間に、そしてときには仕事をしに来たのに、コーヒーを飲みながら外をぼーっと眺めてしまいます。
この窓から見える景色がとても好きで、ときを忘れて何時間も過ごしたり……。少し吹雪いていてわかりづらいかもしれませんが、いま時期は毎日こんな感じです。
色のない、モノクロームの世界。
人もほとんど出歩くことがないため、静寂に包まれています。
刻一刻と移り変わるこの借景に、飽きることがないのです。
これからの12カ月、ここから眺める景色とともに、私が拠点をおく「この場所」についてご紹介したいと思います。

十和田湖の紅葉最盛期。実は黄色に染まる植物も多く、黄葉(こうよう)と書かれることも。

この場所とは、秋田県と青森県の県境に位置する十和田湖。
十和田八幡平国立公園の中心となる場所で、年間100万人以上が訪れる観光地です。
みなさんも一度は耳にされたことがあるかもしれません。
特に紅葉シーズン、十和田湖を囲む森が赤や黄に色を染めあげ、湖にリフレクションする様は、何とも表現しがたい美しさ。
この風景を求める観光客で、秋はいちばん賑やかになる季節です。

まずは自己紹介を兼ねて、そんな十和田湖に暮らす私、中野和香奈のことを少しだけお伝えします。
現在は、フリーランスで編集者・ライターをしがら、十和田サウナという施設を運営する会社、合同会社ネイチャーセンス研究所の代表をしています。
十和田湖に暮らしはじめて5年目に突入しましたが、最近ふと思うことがあるのです。
ここに住み始めたころは私自身が観光客の延長線上にいただけだったのかもしれない。
縁あってこの場所に移り住んだのですが、目の前にある自然が、ただただ美しい、その環境に住むことが贅沢なんだ、としか考えていなかったのです。

でも、「暮らす」ってそういうことなのか?

私、中野と喫茶憩いの英子ママとの憩いの時間。他愛もないおしゃべり。

私に自然のことを教えてくれたのは十和田湖生まれのネイチャーガイドをしている友人です(次回にしっかり紹介しますね)。
自らの手で漕ぐカヌーを使って、湖のこと、その周りを囲む山や森のこと、そこに住む動植物のことを教えてくれました。
十和田湖のカタチってよく見ると本当に変わっていませんか? 
森にはブナが多く見られるのですが、それはなぜか。
どういう意味をなすのか。
そんな会話をしています。

また、喫茶憩いの英子ママには山菜やきのこ、山ぶどうの採り方(これもまた別の回で)、郷土料理のことを教えてもらったり、私が生まれる前の十和田湖の話を聞いたりします。

ほかにも、さまざまな体験や情報を得ることによって、じわじわと十和田湖が身体に染み入る感じがします。
そんなことすべてをひっくるめて十和田湖を見てみると、ここに暮らし始めたときとは、違う景色が見えていたのです。

十和田湖のことを話しながら、スノーシューを履いてサウナへと向かいます。

そして、私が十和田湖で「暮らし」を感じるようになった最大の契機が「十和田サウナ」です。
こちらも別の回で詳しく紹介したいと思っているのですが、昨年の4月末に十和田湖畔にオープンしたサウナ施設です。
みなさんもう想像されているかもしれませんが、水風呂はもちろん十和田湖。
十和田の自然を思い切り感じてもらうための装置として湖畔の仲間で計画し、カタチにしました。
ひょんなことから私が代表をすることになり、会社化して現在は2人で運営しています。
私はロゴ制作やWEB周り、SNSなど裏方として経営を、もう一人が実際に現場をまわすという体制です。
ところが12月に入り、いままでサウナ近くまで車でアクセスできていたのが、冬季は雪で通行止め。
雪深い森をサウナまで片道20分歩くというオペレーションへ変更となり、私にゲストたちの案内役が与えられたのです。

十和田湖という自然を利用したビジネスをはじめたこと、さらには十和田湖を説明する立場になったこと。
これは私にとってとても大きな事態でした。
自然は美しく眺めるもの、守るもの、となんとなく意識していたのが、十和田湖という自然環境を利活用しながら伝えていくという立場になったときに、何か私自身大きく変化したように感じたのです。

大好きな場所をより深く知り、それを営みにして生きるという選択は、この土地に「根をはる」ということなのではないか?
そんなことをぼんやりと考えていた時期、このコラムの依頼をいただきました。
これは、タイミングというか、ご縁というか……。

国立公園にも指定され、その中でも自然の純度が非常に高いこの十和田湖に、いったいどんな暮らしがあるのか。
さまざまな人を介しながら、そんなことを掘り下げて12回を全うしたいと思います。


筆者プロフィール

中野和香奈

なかの・わかな

編集者/インテリアコーディネーター。住宅会社のインテリアコーディネーターを4年勤めた後、北欧雑貨・家具をメインに扱うインテリアショップへ転職。店長、バイヤーを経験。2014年から雑誌編集の世界へ。雑誌『Discover Japan』の編集を経験し、現在は十和田サウナを運営する合同会社ネイチャーセンス研究所所長のかたわら、編集・執筆、インテリアコーディネートの業務も行う。

十和田サウナ

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