石見銀山 群言堂

梶山正「京都大原で暮らす」|第九話 カヤックで琵琶湖を巡る

柳とススキに西日が差す。湖北野鳥センターより竹生島

大原からすぐ東にある仰木峠まで約1時間登ると、目の前にたっぷり水を湛えた琵琶湖が広がる。

小さな盆地で暮らしていると、ときには窮屈に感じられることも。そんなときは、峠から琵琶湖の上に高く広がる青空を見上げてホッとする。

僕は琵琶湖の大自然の美しさと深さに惹かれている。

仰木峠付近より琵琶湖を遠望する。仰木の棚田の向こうに琵琶湖大橋も見える

2年前の3月のある日、琵琶湖でカヤックをすることになった。

琵琶湖の真ん中に沖の白石(おきのしらいし)という高さ15mの岩塔が、にょっきり突き出している。そこを登ろうと、友人に誘われたのだ。

僕は川で漕いだことはあったが、湖や海でのカヤック経験はなかった。とはいえ、静水の琵琶湖は、流水の川で漕ぐよりずっと易しいだろうと思っていた。

早朝、安曇川の河口近くにメンバー4人が集まった。準備をすませ、2人乗りカヤック2台に分乗した僕たちは、うっすらと雪が残る岸辺から漕ぎ出した。

それから2時間半後、僕たちは出発地点の岸辺に戻っていた。

湖面に飛び出した4つの岩塔、沖の白石。ここは水深80m

「僕をチキンと思っているだろう?」

「そんなことないですよ。引き時でした」

「ホントにそう思ってるの?ほら沖を見てよ、白波が立っているやろう!」

漕ぎだして約1時間後、風で流されて思う方向に進めず、大きく波立つ水面に恐怖を感じた。冷たい琵琶湖に転覆して凍死する映像が頭の中に何度も流れた。

「風と波がきついからやめよう!」と途中で僕は何度か叫んでいた。

「もうちょっと…、あと少しだけ…」と言いながら、この企画の言い出しっぺは、猪突猛進した。「遭難するときって、だいたい、あんな感じだよね。引き返せないとこまでズルズルと行ってしまうんだ」。

この日の敗退がいつまでも気になった。あれは果たして英断だったのだろうか…?琵琶湖を知りたい想いと、僕はチキンじゃないと確かめたい気持ちがつのり、それから2ヶ月後に僕は自分のカヤックを手に入れた。

これからカヤックで琵琶湖を一周するぞ!カヤック教室に1度参加して基本的な漕ぎ方を覚えた。あとは経験者から聞く情報と読書と自分の経験の積み重ねで進もう。

朝の安曇川河口より沖の白石を目指して出発。このときまだ風はなかったが…

琵琶湖は日本で最も大きく古く、世界的に見てもバイカル湖、タンガニーカ湖に次いで3番目のお年寄りである。

400万〜600万年前は三重県伊賀市付近に琵琶湖はあったが、100万〜40万年前に現在の位置に移動した。

かつて日本は大陸と繋がっていた。大陸から分断され、現在の日本列島の形になったのが約1万年前と言われているので、これはかなり古い話だ。

300万〜400万年前、現在の琵琶湖一帯は火山帯で山だった。それが東からと西からのプレートによる押し出しの狭間で、少しずつ沈んで琵琶湖ができあがったそうだ。今も湖底は絶えず沈み続けている。

僕たちがたどり着けなかった、沖の白石周辺部は湖底まで80mの深さがある。湖面から15mの高さの岩ということは、つまり、あれは高さ約100mもある岩山の頂上だったのだ。驚きである。

右手に比叡山を見ながら漕ぐ。僕が住む大原は、比叡山のうしろにある

カヤックを漕いでいると目線が水面に近いせいか、水に親しみを感じるようになるのは僕だけだろうか?

地球上にある水の97.5%は海水で、淡水は2.5%である。日本の川や湖沼の水を一時的に止めて計算すれば、日本国土の淡水の34%が琵琶湖にあるそうだ。

その琵琶湖の水は京阪神の約1400万人の貴重な飲料水になっている。ところが、琵琶湖のすぐ北西には、若狭湾が琵琶湖北部を取り囲むように位置する。近いところで約20〜30kmの距離。

そこは日本の原子力発電所の約4分の1が集中する地域だ。琵琶湖に流れている河川の水は、それら原発の背後にある山々を源にする。

もしも福島原発のような事故がそこで起きたら、それを蓄える琵琶湖の水を、果たして僕たちは飲めるのだろうか?

1400万人が求めるものは便利な電気だけだろうか?命をつなぐ水、子孫に残していかなければならない環境を最優先にはできないのか・・・琵琶湖でカヤックを漕ぎながら、考えさせられてしまうことがいろいろある。

鈴鹿山脈の向こうから登る朝陽が、湖面と空を赤く染める





筆者 梶山正プロフィール

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かじやま・ただし

1959年生まれ。京都大原在住の写真家、フォトライター。妻はイギリス出身のハーブ研究家、ベニシア・スタンリー・スミス。主に山岳や自然に関する記事を雑誌や書籍に発表している。著書に「ポケット図鑑日本アルプスの高山植物(家の光協会)」山と高原地図「京都北山」など。山岳雑誌「岳人」に好評連載中。

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