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第八話 私、びわ湖の漁師になる|オザキマサキさんの根のある暮らし

東京海洋大学3年生の田村志帆(たむらしほ)さん

びわ湖畔に古くからある港町「高島市マキノ町海津」。ここに漁師の中村清作(なかむらせいさく)くんがいます。

彼はびわ湖の漁業の未来を考える、若手を代表する存在。

僕と彼は朝日新聞のコラムで3年間、様々な漁法や取組みなど、びわ湖の漁業について一緒に取材してきました。

正面に竹生島がみえる湖北のうみ

そんな中村くんのもとで「びわ湖の漁師になるため、修行している女子大生がいる」という珍しいニュースが入ってきました。

滋賀県の中央に位置するびわ湖は、440万年前に生まれた世界有数の古代湖。

一周約200km、水深は最も深いところで104m。その貯水量は275億トンと、よくわからないほど大きく(笑)、この辺りでは、大昔から「うみ」と言い、今でも滋賀の人はそう呼んでいます。

恐る恐るたぐりよせる

そしてびわ湖には、ここにしかいない多様な魚介類がすんでいます。

代表的な魚はビワマス、コアユ、ホンモロコ……、ニゴロブナはびわ湖特産の鮒ずしの原料として知られています。

オイサデ漁やエリ漁などの伝統的な漁法と、独特の食文化で発展してきたびわ湖の漁業ですが、近年は漁獲量の減少や食生活の変化、そして何よりも後継者不足で、非常に厳しい状況におかれています。

真剣な面持ちで練習中

そんな中、中村くんのもとに見習いにやってきたのが、東京海洋大学3年生の田村志帆(たむらしほ)さん。

「物心がついた頃には、すでに魚図鑑をもっていた」というほど生粋の魚好きで(笑)、魚をとること、観察すること、食べることすべてに関心があると言います。

投網を投げる友人の息子ソウジくんの姿が

「田村さんはこれからどうしたいの?」

僕が田村さんに聞いてみると

「私、びわ湖に出て漁をしたいんです!」

と、田村さんは眼をキラキラさせて、そう答えます。

「漁に出たいんや」

「はい。漁師って、自然相手の仕事なので、自然に影響を受けるというか、今日は荒れているからしょうがないみたいな、いい意味での『あきらめ』があったり。自然とともに生きていくっていう姿が、すごく魅力的なんです」

と言います。

刺し網でとれた大きなビワマス

「でもなんでわざわざ、びわ湖の漁師になりたいん?」

「淡水魚の聖地といったらびわ湖だから」 

ん? 聖地?(笑)。どうやら神奈川県相模原市という、川や湖がそばにある環境で育った田村さんにとって、淡水魚には並々ならぬ思い入れがあるよう。

ここびわ湖にも、お父さんと一緒に何度も訪れたことがあり、その多様な湖魚の面白さをはじめ、湖の広大さや、湖と人との距離の近さなどにひかれたと言います。

ビワマスをさばく練習

とはいえ、一人一人が独立して、自分で切り開いていかなければならないびわ湖の漁業は、本当に厳しいもの。

しかし「びわ湖を目の前にして、大好きな魚を触って、作業できるのが、ほんとに楽しいです!」と笑顔で話す彼女を見ていると。近い未来、彼女が前世代的なジェンダー観を軽々とのりこえて、漁師になっている姿が浮かんできますし、それを応援したいと思うのは、きっと僕だけではないように思います。

大学を卒業し、本格的な研修を終えた4〜5年後、ひとりでさっそうと漁船を操り、大好きなびわ湖へ出ていく彼女が取材できる日を、今から楽しみにしています。



筆者プロフィール

オザキ マサキ

1974年広島県呉市生まれ。滋賀県高島市在住。写真家。「子どもが子どもらしくいれる社会」をテーマに、ドキュメンタリーやポートレートの分野で活動中。写真集に「佐藤初女 森のイスキア ただただ いまを 生きつづける ということ」がある。HP:www.ozakimasaki.com

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