石見銀山 群言堂

第十二話 ヒゲ根のある暮らし|木方彩乃さんの根のある暮らし

はじめに「根のある暮らし」というタイトルをもらった時、根は生えていたろうかと足元を見た。
根は根でも、ネギのようなヒゲ根ではあるまいか?
チョビ髭のような頼りない根にもいいところはあって、大きな幹は支えられないが、一度抜かれても復活するそうだ。
そんな訳で、私なりの「ヒゲ根のある暮らし」を書き連ねてついに最終話である。

冬草のヒゲ根

実は、1 話目に入る前から、最後に書くことは決めていた。
根なし草のような私が、1年かけて筆をすべらせるうちにそれなりの根を実感するのだ。
そして土地や家なんかを買っちゃったりするのだ。なんて綺麗な結末だろう。
そう妄想していたのだが、現在のところ劇的な変化はない。

高校生になった息子が下宿生活をはじめてから、私はひどく迷走していた。
「不惑」のはずの 40 を過ぎて初の一人暮らしに、時間と空間をもて余していた。
根をおろすどころか「ここではない何処か…」を夢みる有様だった。

そんな私を見透かしていた社長が、研修の折にこんなことを言った。
自分でこの土地を選んだと思っているかもしれないが、そうではない。むしろ「浅間に選ばれたのだ」。
そうだったのかっ!私は驚き、不思議と納得した。
田舎暮らしに憧れもなく、銀座ライフを満喫していたOLが、突如として群馬の山奥に越したのだ。
寒いのが大の苦手で、南の島と青い海を愛する夏女が、極寒の冬さえ好きになってしまったのだ。
おそるべし…浅間山!

朝焼けに映える浅間山

幸運なことに私は「きたかるで一番暖かい」らしい社宅に住まわせてもらっている。
きたかる民が嬉々と語る、シャンプーや醤油が凍るような寒さ自慢はできないが、とても快適である。
赤い三角屋根で、窓が大きくて、山野草が咲き乱れる庭があって…
誰に相談しても「買いなはれ」とすすめてくる優良物件である。

ところが私は、こどもの頃から借家暮らしだったせいかマイホームに思い入れがない。
単身生活となった今では、さらにぼんやりと霞んでしまった。
帰省した息子に相談してみると、家を買うことはよくわからないけど…と前置きしつつ「愛着はあるよ」と言った。
「あぁわかる」思わず応えた。
誰一人知る人のない土地に越してきて、この家に腰を落ち着かせた夜 ー しみじみ湧きあがる安堵と高揚を、今でも覚えている。

愛車とわが家

私は3年ほど前から、キャンプ場の宿泊施設のデザインに携わっている。
コンセプトからはじまり、間取りや導線、照明やコンセントの位置まで考えるのは、とても楽しい。
3D ソフトを使って造作していると、その世界に入りこんで実際に暮らしているような気持ちになる。
ここにどんな人たちが集い、どんな時間を過ごすのか。
いつも思うのは、自分が想像する以上のことが起こってほしい…
コテージに限らず、芋掘炬燵やタキビバだって、想像以上の日々が紡がれていくのだ。

石窯コテージ MUGI の室内イメージ

父に社宅購入の相談をすると、こんなことを言われた。
家を買うことで未来が限定されると思ってるかもしれないが、「逆だよ。可能性が広がるんだ」。
この春、高3になる息子は、下宿先をでて一人暮らしをはじめる予定だ。
人生経験が豊富な彼は、ハードな新生活を楽しみにしている。
こどもはいつだって、想像していた以上の未来を連れてくる。
私の未来も、想像以上のことがおこるだろう。 いままでもそうだったように、これから先も。
だから怖がらず、いままで通り一歩を踏みだせばいいのだ。
根があろうとなかろうと、人は歩いていけるのだから。
そう自らに言いきかせて、結びの言葉にしよう。

最近、息子が描いた野菜の絵


筆者プロフィール

木方 彩乃

きほう・あやの

1978年 埼玉生まれ。多摩美術大学・環境デザイン科卒。在学中から食物を食べる空間「食宇空間(くうくうかん)」の制作をはじめる。2015年より群馬県北軽井沢にある「有限会社きたもっく」に勤務。山間の小さな会社だが、日本一と称されるキャンプ場スウィートグラスを営んでいる。山を起点とした循環型事業を展開。

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