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第十一話 炭焼き小屋の冬|木方彩乃さんの根のある暮らし

きたかるに来て、私は冬が好きになった。

冬の一番の楽しみは、炭焼きだ。

炭焼き小屋と会長

炭窯のあるじを、私たちは親しみを込めて「会長」と呼んでいる。

もうすぐ80 歳になろうという会長は、誰よりも元気だ。

春から秋まで田んぼや畑や花の世話をして、冬になると炭焼き小屋に籠る。

私たちを山河に導き、漬物や藁細工や刀鍛冶なんかも教えてくれる。

今年は一緒に、芋掘炬燵(3代目)も作った。

炭焼きの仕事は、かなりハードだ。

最初に、コナラの丸太を割って「炭材」を準備する。

油圧式の薪割り機をもらったのに、筋肉が落ちるからと手割りを貫いている。

浅間石を壁土で固めた、洞穴のような炭窯

炭焼きの初日。まず窯の床に、粗朶(そだ)と呼ばれる小枝の束を敷き詰める。

次に「立込み」。炭材をみっちりと並べ、その上に燃料となる太めの枝をかぶせる。

ドーム型の炭窯は天井が低いので、四つん這いになって作業する。

真冬でも汗びっしょりになる重労働だが、会長は楽しそうだ。

2 日目は、いよいよ火入れ。

私は「火入れ」と聞くだけで、アドレナリンが出るほど興奮する。

目に沁みる臭気と熱で、たいていの人は退散するらしいが、私はこの荒々しい神事が好きでたまらない。

見よ!この勇姿

焚き口にマツの枝をくべ、十分に燃え上がったところで封をする。

まさに地獄の釜に蓋をするわけだが、閉じ込められまいと渦巻く火煙の勢いは凄まじく、火と人の死闘となる。

燻煙がもうもうとたちこめるなか、泥を練り、ブロックを積む。

一筋の煙ももらさぬよう隙間に小石をねじこみ、泥団子で塗り固めていく。

火遊びと泥遊びがいっぺんに楽しめて、炭焼きのクライマックスのようだが、ここからが本番。

ブロックと泥で、焚き口を閉じていく

炭は、生木から水分やガスなどを取り除いてできる。

木が炭化する400℃まで窯の温度を上げなければならないが、燃料となる枝だけが燃えるように酸素量を調整する。

酸素が多いと、炭材まで燃えてしまうのだ。

この絶妙な塩梅を、煙突から噴きでる煙の色や匂いで判断し、微妙な調整をくりかえす。

この数日間は、寝ずに番をすることも珍しくないそうだ。

給気口をすっかり閉じて「窯止め」すると、火が消えて内部の温度がじょじょに下がっていく。

1 週間から10 日ほど置き、炭が冷めたら「窯出し」をする。

その間は、静かな炭窯の横で囲炉裏を囲む。

春に蒔いた米や豆や芋を秋に収穫し、冬の炉端で焼き上げる。なんて豊かな暮らしだろう。

炭も芋も豆餅も囲炉裏も、ぜーんぶ会長産

昨年の1 月。窯出しの夜に、念願の窯中泊をした。

気温は氷点下10℃を下回り、星も凍りつく寒さだが、炭を出したばかりの窯はじんわり暖かい。

暗闇のなか、床に敷いたダンコウバイが爽やかに香り、壁から天井から確かな温もりが伝わってくる。

お母さんの胎内ってこんな感じかしら…同僚の丸ちゃんとふたり、まるまりながら眠りについた。

朝を迎えると、心身がふっくら焼き上がって少しも寒くない。自分が美味しいパンになったようだった。

会長の焼いた炭は、黒く硬く美しい。

火が点くと、キンキンといい声で歌う。

秋刀魚を炙り、餅をふくらませ、灰に埋めておいた芋を掘り起こす。

この温もりを、いつまでも味わいたいと願う。

黒いダイヤモンドと称される、ギッパ炭


筆者プロフィール

木方 彩乃

きほう・あやの

1978年 埼玉生まれ。多摩美術大学・環境デザイン科卒。在学中から食物を食べる空間「食宇空間(くうくうかん)」の制作をはじめる。2015年より群馬県北軽井沢にある「有限会社きたもっく」に勤務。山間の小さな会社だが、日本一と称されるキャンプ場スウィートグラスを営んでいる。山を起点とした循環型事業を展開。

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