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背中を押してくれた一冊の本|vol. 1

背中を押してくれた一冊の本

 私が古民家再生した宿泊施設である阿部家を、自分の理想のライフスタイルを表現する場にしたい。そのためには、家を出て阿部家に住みたい。そんな私の気持ちを大吉さんは理解して、快く送り出してくれましたが、やはり私の中では松場家に嫁いだのに、夫をおいて家を出たことに後ろめたさがありました。そんな私のモヤモヤとした気持ちを払しょくしてくれたのが一冊の本。五木寛之さんの『りん住期じゅうき』(幻冬舎)です。

 夫の枕元に置いてあったその本を開くと、まずカバーの袖に綴られた小川洋子さんの言葉に引き込まれました。

 衰えを傍らに、一歩一歩大地を踏みしめながら
 進みはじめた時こそが、真の人生の収穫期となる。
 本書は、そこに宿る輝きのありかを指し示してくれる。

 その頃の私は50代後半。少し衰えを感じ始め、若いときとは違う夫婦の在り方が、ここから読めるのではないかと期待に胸が膨らみました。
 最初のページには、古代インドでは人生を「学生期がくしょうき」「()住期(じゅうき」「林住期」「遊行期ゆぎょうき」の4つに分けて考え、「林住期」は、もっとも輝かしい「第三の人生」とありました。

 そして本の中には、50歳から75歳までの「林住期」こそが、人生のクライマックスであり、女性も家庭や夫、子どもから自立することを思い描き、そのためには「居場所を変える」方法もあると。

また私が心ひかれたのは「男だけが旅立つのではない。女もまた旅立つのである」という一文です。「旅立つ」という表現の中に、まだそういう生き方が残されているのだと、すごく衝撃を受けました。男だけでなく、女も旅立ってもいいのだと、勇気づけられましたね。

 さらに本の中には、ブッダの妻の話が出てきます。妻はいつかブッダが家を出ることを覚悟し、いざそのときがきたら「きょうが、その時なのですね」と送り出したのではないかと。長年暮らしていた夫婦が林住期に別居するときは、そういうふうに互いに認め合うことが大事なのだろうなと私なりに読み解きました。

 『林住期』を読んで、私たちの別居生活に何か大義名分ができたように感じたのでした。

 この本からは他にも触発されたことがありました。「年をとってから学ぶおもしろさ」という項目の中で、五木さんはご自身が50代にさしかかる頃、京都の大学で聴講生として授業を受けて、学ぶことの楽しさに気づいたと書いていらっしゃいます。私もこの時期は新しいことを学ぼうという好奇心が旺盛になっていましたので、とても刺激を受けました。

 別居してから一人の時間ができた私は、不便な地域に住んでいますから外に出て学びに行くことはできませんが、本を読んだり、CDを聴いたり……、勉強することがこんなに面白いなんて、どうして早く気づかなかったんだろうというぐらい楽しく学んでいます。

 夫がさりげなく置いた一冊の本が、これほどまでに私の成長を後押しするものになるなんて。折に触れて読み返したいですね。

登美さんの枕元に置かれていた「林住期」。

大吉さんいわく……
本を介して自分の思いを理解してもらった

『林住期』を読んだのは、ちょうど私が四国でお遍路をしていた頃だったと思います。母や友人を亡くし、自分自身も生き方や仕事に迷い、自問自答しながら歩いていた、その延長線上に出合った本でした。あのときの心情からいって、本のタイトルや古代インドの考え方などにひかれて、手にとったのでしょうね。

 本の中には、林住期は50歳を越えてからの25年と書いてあります。当時の私は、その林住期というものを、一回きりの人生を春夏秋冬に分けて、これから素敵な秋に入るというふうにとらえていました。
 そして私たち夫婦も子どもの手がはなれ、二人がいっしょに歩いていくというよりもこの本のように、そろそろお互いが別々に自立に向かっていくほうがいいのではないかと思い始めました。
 さらに当時は、ちょうど「阿部家」という家を手に入れて、わが社にとっては初めて宿泊という異業種に参入しようという時期でした。
 朽ち果てた家を改修し、魂を入れるという作業は、片手間では、とても成功できるものではありません。では、それを誰がするのが適任かと考えると、やはり登美さんしかいません。
 住まいを別にして、登美さんには阿部家事業に専念してもらうとともに、互いに自立に向かっていく。そういった思いもあって、この本を枕元に置いておいたら、読めとは言っていませんが、登美さんはしっかりと読んでくれました。
 結果的に『林住期』を通じて、私の考えを登美さんに理解してもらったのです。

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