石見銀山 群言堂

はじめに

はじめに

 はじめまして。松場登美と申します。
私が夫、松場大吉と結婚したのは、もう45年も前のこと。当時学生だった大吉さんと4歳年上の私の結婚に家族は大反対。大吉さんの仕送りは止まり、勘当同然となってしまいました。

 そんな形でいっしょになったので、周囲からは大恋愛の末の結婚と思われていますが、実態は違います。出会った頃、私たちは顔を合わせれば、常に議論。ヒートアップして喧嘩けんかに発展することもしょっちゅうで、私たちは夫婦というよりも同志、パートナーというよりもライバルでした。

 そんな私たちが、夫の故郷であるこの町、島根県大田おおだ市大森町(石見いわみ銀山)に戻ったのは結婚して7年後のこと。
 人口500人足らずの小さな町は、帰郷して6年後に重要伝統的建造物群保存地区に指定された古い町並みの残る美しい地域で、2007年に石見銀山が世界文化遺産に登録されてからは、多くのかたがこの町を訪れるようになりました。

大森町のメインストリート。
古い町並みが美しい

 この小さな町で私は、夫の実家で両親と暮らしながら、3人の娘たちの子育てをし、夫とともに会社を立ち上げてデザイナーとして、モノづくりに励んできました。
 現在は「ぐん言堂げんどう」というブランドを中心にアパレル、飲食、宿泊と幅広く事業を行っています。
 一方で、町内の古民家を再生することにも積極的に関わってきました。

 現在、夫の大吉さんは、石見銀山群言堂グループの代表。私は、昼間はグループ会社のひとつである石見銀山生活文化研究所の所長兼群言堂ブランドのデザイナー。夜は「他郷たきょう阿部家あべけ」という古民家を再生した宿の女将おかみとしてお客様を迎えています。

 私たち夫婦は、一日の仕事を終えると、それぞれ別々の住まいに帰ります。家に帰ると私は本を読んだり、映画を見たり。夫は自炊でおつまみをつくって、一杯やっている様子。それぞれが自由に好きな時間を過ごしています。
 そう、わたしたちはもう18年も前から「別居」しているのです。

 といっても、職場はおなじですから顔は毎日合わせますし、住まいも何かあればすぐにかけるけられる同じ町内。離れて住んでいても安心感があります。

 ふつう別居といえば、夫婦の関係が壊れたとこにするものです。でも私たちはお互いがイヤになって別居したわけではありません。私たちが別居しているのは、お互いの自立と成長のため。
 最近は、別れて暮らしているからこそ、仲良しでいられることに、二人とも気づき始めています。だから別居は別居でも「なかよし別居」なのです。

 そもそも、私たちが別居を始めたのは、「他郷阿部家」という宿泊事業を始めるにあたって、私が家を出て阿部家に住むことになったからです。

 阿部家は、江戸時代に石見銀山の役人だった阿部清兵衛さんの子孫のお屋敷。この町の中でも中心的な役割を果たしてきた家でしたが、家の中にツタがからまるほど朽ちた幽霊屋敷にはなかなか買い手がつきませんでした。
 興味を持ったかたには積極的にご紹介していましたが、どのかたも家の中に一歩入ると「やめておきます」とおっしゃいます。とうとう私たちが買うことになって、宿泊業をスタートさせることになったのです。

 私はもともと洋服のデザインをしていましたが、本当にデザインしたいのはライフスタイルです。そこで阿部家を自分の理想のライフスタイルを表現する場として使いたいという考えを大吉さんに話すと「それなら、あんた自身が住まないと本物にならないよ」と返されました。

 その通りだと思いました。
 「ならば家を出て阿部家に住みたい」と伝えたところ、夫は大賛成。私は喜びいさんで家を出て、そこから別居生活がスタートするわけですが、今思うと、夫にとって都合のよい追い出し作戦だったのかもしれません(笑)。

 しかし、いっしょに住むのが当たり前の夫婦が、いざ別居してみると、一人の時間が持てる、互いに自立できる、夫を気にせず物が選べる、気を遣わなくていい、夫のいびきに悩まされずよく眠れる……、予想以上にいいことがいっぱい待っていました。数え上げれば、きりがありません。
 何といってもいちばんよかったのは、夫に対して感謝の気持ちが生まれたことではないでしょうか。

 「熟年離婚」という言葉をよく耳にするようになったのは、ここ10年ほどのことでしょうか。夫が定年退職すると、ひとつ屋根の下で夫婦が顔を合わせる時間が増えて不満がたまり、家庭内ストレスとなって爆発し、やがて夫婦関係が破綻するケースが増えているそうです。

 そして現在、コロナ禍の日本では、夫や妻の在宅勤務で、同じように夫婦が顔を合わせる時間が増えたストレスから起こる「コロナ離婚」や「コロナDV」という言葉が世間を騒がせています。

 そういった残念なニュースを耳にするにつけ、もしかすると私たちのように、暮らしを別々に分ければ、最悪の結末はまぬがれたのではないだろうか、なんて思うのです。

 この本の中では、私たちが「なかよし別居」をしながら、どんなふうに暮らして、どうやって夫婦としても仲良くやっているのかをお話ししていきたいと思います。
 この「なかよし別居」というスタイルが、皆さんの夫婦の在り方や暮らし方を見直すヒントになれば幸いです。

島根県の山間(やまあい)にある「群言堂」本社社屋。
茅葺屋根の「鄙舎(ひなや)」は社員食堂やイベントスペースに。
ここから日本の美しい生活文化を伝えている

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