石見銀山 群言堂

マサエおばあさんの手編みくつ下【第1回】足元も心も温まる

登美さんが惚れ込んだものづくりのあり方がここにあります。
同じものがひとつとしてない、手編みのくつ下の中から
あなただけのくつ下を選びにぜひお越しください。

イベントに連動して、マサエおばあさんとその孫である飯塚咲季さんのものづくりや暮らしについて、
3回に渡り、ご紹介したいと思います。

くつ下展のくつ下のごく一部です。色合いさまざまなくつ下が山ほどあります。お楽しみに

第1回 マサエおばあさんの手編みくつ下



他郷阿部家の冬の風物詩「手編みくつ下」

群言堂本社のある島根県の大森の町にも、秋がやってきて、朝晩は随分と冷え込むようになりました。
これからどんどんと寒くなる季節。
暮らす宿・他郷阿部家の玄関には、訪れる人の身体も心も温めてくれる風物詩があります。

そのひとつが籠にどっさりとある毛糸のくつ下。

見た瞬間、それが大量生産されているものでなく、
ひとつひとつ手で編まれたものなのだということがわかります。

素朴な風合いで、色もサイズもさまざま。

丸っこいもの、すこしとんがっているもの、ちっちゃいもの、どっしりと大きなもの…。
黄色に青に、緑にピンク。どれを履こうかな、と悩んでしまうほど。

年月を経て、すこしくたっとしたくつ下は、
手にとるとふんわりと柔らかく、優しい色合い。
履いてみると、ほんわり暖かく、足になじみ、見た目以上にとっても愛らしいのです。

くつ下の編み手「飯塚マサエさん」とのご縁

このくつ下の編み手は、今は亡き「飯塚マサエさん」というひとりのおばあさん
登美さんがこのくつ下と出会ったのは、もう10年も前のこと。

マサエさんの孫である飯塚咲季さんが約10年前に
群言堂へ初めてのインターンとしてやってきたことがご縁でした。

群言堂という会社の在り方に興味を持ち、
登美さんに手紙を書いたことがきっかけで大森へやってきたのが大学生の頃の咲季さんでした。

そして、咲季さんのインターンの受け入れのお礼として
登美さんに贈られたのが「マサエおばあさんの手編みくつ下」

その配色のセンスや暖かさに登美さんは惚れ込み、
群言堂本店の玄関や他郷阿部家で使わせていただくようになったと言います。

このくつ下のあり方こそが、登美さんの理想とするものづくりの姿でした。

今回は、その作り手であるマサエおばあさんがどんな人なのか、
その想いを受け継ぐくつ下の編み手たちのことなどをご紹介していきます。

働き者でものづくりが得意なマサエさん

マサエおばあさんは、群馬県の高山村に生まれ、23歳のとき、飯塚家へ嫁ぎました。
旦那さんの六郎さんは農家。
そのため、朝から晩まで忙しく働きどおしだったといいます。

朝は暗いうちから起きて、家族の食事の支度をし、
畑や田んぼに出て、食事の世話をしたら、また、農作業に戻ったり、掃除や洗濯をしたり…。

豚や牛、鶏などの家畜を育てていたこともありました。
いつ寝ていたんだろうと思うほど働く、働き者だったそう


そんな暮らしの手仕事の中でも、マサエさんは縫うことが特に好きでした。
仕事の合間や夜皆が寝静まってから、
古い服から米袋を作ったり、着物などに使う紐を作ったり。

当時は、まゆの糸をひいて、染め、布を織り、
そこから着物を自分の手で仕立てることは女性の仕事でした。
よい着物を作れることがよい嫁の条件のひとつだったと言います。

その頃を生きた女性たちに、驚きとともに、尊敬の念が浮かんで来ます。

蚕を育てること、まゆから生糸をとること、染めること、織ること、着物をつくること。
今では、そのひとつひとつが、職人の仕事になってしまいました。

かつては、誰もがものづくりをする「作り手」であり、
あらゆる仕事をする「百姓」であったのです。

もちろんマサエさんもそんな作り手のひとり。
自分の手で、一から着物を作っていました。
遺品の中には紫と青の美しい着物があったといいます。

マサエさんと手編みくつ下

マサエさんが、くつ下を編み始めたのは、
子供たち成人して家庭を持ち、孫が大きくなって、家の仕事も落ち着いた70歳の頃。
お姉さんがくれたくつ下がきっかけでした。

そのくつ下が気に入り、
どう編むんだろうと試行錯誤したことがきっかけでくつ下づくりが日課に。

着古したセーターをほどいたり、使わなくなった毛糸を使って、
暇な時を見計らっては、一足一足とくつ下を編み、
気づいた頃には、4段ほどの箪笥がくつ下でいっぱいになっていました

100足や200足、もしかするとそれ以上のくつ下があったのかもしれません。

その後も編んで編んで編み続け、
村の老人会に寄付したり、娘や孫のお土産がわりに、たくさん持ってけ!と持たせたり。

飯塚家で、おばあちゃんの味ならぬ、おばあちゃんのくつ下は、
こうしてたくさんの人の足元を温め、受け継がれてゆくことになりました。

また、マサエさんのくつ下は、咲季さんのお母さん
和子さんが蛙トープというお店を始めたあとは、
商品のひとつとして、お店に並び始めました。

くつ下は人柄を表す

現在は、マサエさんの後を受け継いだ育子さんのくつ下が主に店頭で販売されていますが、
今もお店にはマサエさんのくつ下が飾ってあります。

その使い古されて穴が開き、ダーニングが施されたマサエさんのくつ下を手に取ってみました。

マサエさんは目がよく見えなかったので、編み目の数も揃っておらず、
毛糸も余り毛糸を使っていたためとぎれとぎれだったと言います。

けれど、そのくつ下は、
ふわっと羽のように軽く、柔らかく、
色合いや風合いが不思議に面白い、なんとも言えない いい表情
をしていました。

色の組み合わせ、ゆるく編むのかしっかりと編むのか…
くつ下から、編み手の好みや性格も見えてくるようで不思議です。

「マサエおばあさんの手編みくつ下」をつないでいく活動を
中心となって企画・サポートしている義理の娘の和子さんも
「あの表情は真似できないのよね~」と笑顔で話してくださいました。

マサエおばあさん本人にはお会いできなかったけれど、
その鮮やかな色合いのようにはっきりとした明るい性格で、やさしくふんわりと温かい。
きっとそんなお人柄だったんじゃないかな、と想像してみます。

くつ下の意味

そんなにもたくさんのくつ下を編むなんて、
マサエおばあさんにとってくつ下ってどんな存在だったのだろう?

そんな疑問を尋ねてみました。

今回、マサエさんについて話してくれたのは、娘の育子さん。

育子さん曰く、
「私にも編みなさい、編みなさいって。とにかく楽しかったんでしょうね。
ボケないようにと手先を動かしていたんですけど。」

そんな育子さんも、いつの日からか、マサエさんからくつ下の編み方を習い、
今では、暇さえあれば、くつ下をずっと編んでいたいというほど、
くつ下を編むことが楽しくって仕方がないんだとか。

取材の日も、少し離れた町からやってきてくれた育子さんに、
実際に編む様子を見せていただきました。

くつ下が生きる意味をくれた

育子さんは、リウマチの病気を持っています。
「もう自分にできることはないんじゃないだろうか。」

そう思っていた育子さんを励ましてくれたのがくつ下でした。
手が不自由になっても、
くつ下は、自分のペースでひとつひとつ編むことができました。

余り毛糸や古いセーターから編むから、
自分が思っていた色を使って編むのとは違い、
色の組み合わせもひとつひとつ考えて編まなければいけません。

それも、編み手の腕の見せ所。

色を考えるのが一番大変。
だけど、一番楽しい時間なのだ
とか。

「いつもくつ下のことを考えているの。」

くつ下を編みながら、育子さんの顔に自然と浮かんでくる優しい微笑みには、
くつ下と履いてくれる誰かへの愛情が溢れているように思いました。

「同じものがひとつとしてないから、
気に入ったものを選んで、履いてもらえたら嬉しいです。」

関係性を編むくつ下

マサエおばあさんの想いを受け継いで、
今回の展示のために結成されたのが「あみばーす」。

くつ下づくりをきっかけに久しぶりに親族で集って、
わいわいとくつ下づくりをしたそうです。

くつ下が、編んでいる人たちの関係性をも、紡いでいるかのようでした。

きっと、マサエおばあさんは、そこまで意図していた訳ではないだろうけれど。

「家族の縁をも編んでいく。」

くつ下が家族の絆をこれまで以上に強いものとし、
また、そんな関係性から生まれるくつ下だからこそ、
きっと暖かくて素敵なのだろうと思います。

くつ下を編む育子さん(真ん中)と支える飯塚和子さん、咲季さん母娘



同じものがひとつとしてない

今回の展示のために結成された
あみばーすの育子さん、春代さん、南知子さん、登久さん、理恵さん、邦子さん。

材料である着なくなったセーターや使われなくなった古い毛糸と6人の編み手によって、
色の組み合わせや風合いの異なるくつ下が生まれました。

同じものがひとつとしてない、たくさんのくつ下の中から、
自分のお気に入りの一足を選ぶということは、
気の合う友人を見つけることにすこし似ているように思います。

そして、あなたの好みに合うくつ下を編む人なのだから、
きっと、そのくつ下の編み手さんは、
あなたにすこし似ている人なのではないでしょうか?

そんな風に、編んでくれた人を想像しながら履く、
というのもこの手編みくつ下ならではの楽しみかもしれません。

寒い冬の暖かい相棒を探しに、ぜひ、群言堂本店に足をお運びください。

履いてみるとすっきりと足に馴染みます

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