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第五話 動物たちと同じ場所に暮らして|亀山貴一さんの根のある暮らし


朝起きたら庭木がスッカスカ。その下はコロコロしたフンだらけ。

また鹿の仕業だ。

高校生くらいの頃までは1頭も見たことがなかった鹿だが、Uターンで戻って来た15年ほど前にはだいぶ増えていて、畑は魚網でつくられた鹿除けの柵で囲まれていた。

それでも度々破って入られて、浜の人たちが愛情込めて育てた野菜は根こそぎ食べられてしまう。

その時のショックは大きくしばらく落胆しているが、それでもまた工夫をして再挑戦する。網を二重に張ったり、網目の大きさを変えてみたり、夕方出てきた鹿をロケット花火で追い払ったり。

鹿もご馳走を目の前にして引き下がるわけにはいかない。どちらも生きるために知恵比べだ。

鹿の食害でやめてしまった畑

こうした住民からの声も受けて猟友会による有害駆除が始まった。

犬を引き連れた猟師10〜20人が役割分担をして鹿を追い込み銃で仕留める。ここ数年は罠猟も始まって年間1000頭以上が駆除されているが、それでも鹿は減ることなくどんどん増え続け、今は周辺の町まで出没している。

猟友会も高齢化が進み後継者が少なくなっている。そこで我々も猟友会に任せきりにせず、自分たちで鹿の被害を減らしたいと思い狩猟免許をとった。

くくり罠で仕留めた鹿

駆除された鹿の一部は食肉に加工したり、猟師が自家消費しているが到底1000頭も処理することができず、ほとんどが山に埋められている。

カフェを始めるときにそのことを知り、今まで鹿は厄介者でいなくなれば良いのにと思っていたが、ちょっと複雑な気持ちになった。

この土地は人間だけのものではなく、他の動物や植物のものでもある。皆必死で生きているし、その恩恵で我々は日々ご飯を食べて生かされている。それが人間の都合でたくさん殺され、捨てられる。

少しでも活かすことができればとカフェのメニューで鹿肉を提供することにした。

鹿カレー

今ではジビエは広く認知されるようになってきたが、8年前はまだまだ知る人も少なく、「鹿肉は硬くて臭いんでしょ…」「え、鹿を食べるなんてかわいそう…」という声も度々聞かれた。

私も最初抵抗があったが、販売していた鹿猟師さんが血抜きや処理を丁寧にされており、それを食べた時に美味しいと思った。今では肉の中で鹿肉が一番美味しいのではないかと思っている。

獲った鹿を締めるときは今でもかわいそうと思うし、辛い。魚と違って鳴き叫んだり、温かいので命を奪っている感が半端ない。だからこそ美味しく残すことなく食べたいと思う。牛だって、豚だって、鶏だって見えていないだけで、誰かが代わりにその辛いところをやってくれているのだ。

お客さんにもそんな話をちょっとしながら美味しく食べて欲しいと願っている。

鹿の解体

牡鹿半島の先には東北三大霊山の一つ金華山がある。ここは島になっていて昔から約500頭の鹿が住んでおり、神様の使いとして大事にされている。そのため、半島の先の方に住む人たちは鹿を絶対に食べないという人もいる。

また、伊達政宗公が治めていたときには、半島中に鹿がたくさん生息しており、軍事訓練と食糧調達を兼ねて年間1500頭も鹿を獲っていたそうだ。記録にはこの蛤浜にも伊達政宗が狩猟をするための宿(御仮屋)があったそうだ。

時代や場所が変われば、人によって動物との向き合い方も変わるが、同じ土地に住む生き物としてこれからどう向き合っていくべきか実践しながら考えていきたい。

日本画家古田和子さんの作品「青の時間」


筆者プロフィール

亀山 貴一

かめやま・たかかず

石巻市蛤浜で生まれ育ち、宮城県水産高校の教師となる。震災によって2世帯5人まで減少した蛤浜を再生するため、2012年3月に蛤浜再生プロジェクトを立ち上げる。2013年3月に退職し、cafeはまぐり堂をオープンする。2014年4月に一般社団法人はまのねを立ち上げ、蛤浜の魅力や課題を活かした事業づくりに取り組んでいる。

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