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立花テキスタイル研究所のものづくり【第1回】新里カオリさんという僕たちの生き方見本お姉さん

特集:
イヌやニワトリ、ヒツジにヤギ、動物たちもみんな大好き立花テキスタイル研究所 新里カオリさん。
都会から島へ移り住み、ゴミを資源に変えていく「ものづくり」の背景にどんな考え方があるのだろう。
取材経験ゼロの根のあるくらし編集室の植物担当スズキが、三浦編集長(今回はカメラマン)と共に取材に行って参りました。

「あ〜ヒツジ脱走してるわ」

遠くに見えるヒツジたち

「どこから、脱走したんだろ… はぁ」

畑を越えて、ヒツジの柵を確認しにいく新里カオリさん(以下新里さん)。
広島県尾道市のしまなみ街道の入り口の島「向島」で3年前に結婚したアメリカ人のトーマスと農地付きのみかん小屋を購入し、廃材を使って少しずつ作り足しながら暮らしている。

これから出来る予定のお風呂場とトーマスが貰ってきたお風呂

-うわこら、そっちにいくな。

なかなか柵に入ってくれないヒツジたち。

ふ〜。なんとか入った。
危うくトーマスが育てている畑の野菜をヒツジたちが食べ尽くすところだった。

作物を守りきった達成感で、取材に来たことをさっそく忘れそうになった。

新里さんが代表を務める株式会社立花テキスタイル研究所は、僕が群言堂で働きはじめた6年前に、当時の上司に連れて来られた最初の取引先である。

ものづくりのお話を聞きに行ったはずが、

「今度、ヤギが生まれるんだけど。スズキくん飼ってみない?」

と新里さんに誘われ、帰りの車のなかで上司に
「室長、ご相談なんですが僕ヤギ飼っていいでしょうか?」
と相談したことが懐かしい。

その時の商談(?)で僕のところに来たヤギが、そう「もぐさ」である。

昨年この世を去ってしまったもぐさは、名前を呼ぶと返事をするし、リードを付けずとも一緒に山を散策できる良き相棒であった。沢山の思い出を作ってくれたもぐさは天国でも元気にしているだろうか。


もぐさだけでなく色んな動物たちとの出会いを与えて下さる新里さんは、仕事上のお付き合いのみならず、自然や動物とこんな風に関わって暮らす生き方もあるんだと、僕たちに気づかせてくれるお姉さん的な存在である。

これまで群言堂本店での藍染めワークショップや、湘南T-SITE店での糸紡ぎワークショップにも講師として来てくださったり、立花テキスタイル研究所の持続可能なものづくりの考え方に共感して、Gungendo Laboratoryブランドのオリジナル商品「梅染め帆布」シリーズのものづくりも一緒に取り組んで頂いてる。

新里さんがパーソナリティを務める中国放送のラジオ番組「新里カオリのうららか日曜日」にも、ゲストとして僕と三浦編集長も毎月最終日曜日に交代で出演させて頂いている。

今回は、そんなお付き合いの深い立花テキスタイル研究所の新里カオリさんに改めてお話をきいてきた。

立花テキスタイル研究所のみなさん

瀬戸内海に面した気候の穏やかな街、広島県尾道市。
尾道の中心部の目の前には大きな川のようにも感じられる尾道水道が流れている。


古くから海運の集積地でもあったこの街は、山肌に民家が並び、古民家を利用した飲食店やゲストハウス、昔ながらの商店街が残っていて、対岸の向島には造船所や工場が見える。

働く人・街の人・旅行者が程よく行き交い、いつ遊びに来ても気持ち良い空気が流れている。

「最初に尾道に来た時は、対岸に見える向島(むかいしま)は陸続きではなくて、島”なんだと認識できていなくて、渡船も出ているので渡ってみたら、ぜんぜん観光地化されていなくて地元の人が普通に暮らしていることが新鮮でした。

それと、向島には自然があって色んな植物が生えていたし、農家さんも多いので関東での暮らしでは気づけなかった植物のリアルな姿に目に行ったんです。キウイってこんな風な木なんだ。って」

と話してくださるのは、株式会社立花テキスタイル研究所代表の新里カオリさん。

新里カオリ

1975年 埼玉県生まれ。

2000年 武蔵野美術大学大学院 テキスタイル専攻修了

教育関係の仕事などを経て2009年、尾道に移住。

株式会社立花テキスタイル研究所を創設、主宰。

向島で80年以上織られ続けている帆布を、地域の農家や家具屋、鉄鋼所などから出る廃材で染めた環境配慮型の製品を製作、販売。
地元農家さんに綿と藍の栽培を委託するなど、地域で生まれたものを原料にする取り組みをしながら、糸紡ぎ、染め、織りの指導などを全国で行う。

立花テキスタイル研究所の事務所兼ショップは、株式会社尾道帆布の工場の一角に併設している。

この日も帆布工場の織機がガシャッガシャッと心地よいリズムで動いていて
足元には新里さんの飼い犬「チャチャ」が転がっていた。

帆布工場の空き地にいるヤギたち

今年生まれた膝丸くん、とりあえず撫でておく(毛足が長くてやわらかい…)

おっと、仕事仕事。

尾道帆布との出会い

戦前から帆布工場として稼働していた尾道帆布の工場は、80年以上昔の旧式のシャトル織機が現役で動いている。

時代の流れと共に船の帆として生産されていた帆布がテントやシートに使われるようになり、今も造船に必要な作業着などの布製品を作るための木綿の帆布が織られ続けている。

「きっかけは学生時代に、たまたま見たい展覧会があって友人と尾道に旅行で来たことがあったんですけど、その時に帆布工場を見学させてもらいました。

この街には港町として地域に根付いたものづくりが、まだ残っているということにすごく感動してしまって」

70年前には尾道市内にも10社ほどの帆布工場が残っていたそう。しかし今ではたった1社のみ、合成繊維の普及によって木綿の帆布の需要が徐々に減っていったのだという。

この「尾道帆布」との出会いがきっかけで、卒業後も東京で仕事をしながら、週末は尾道に通うという生活をしばらく続けていたという。

ものづくりとの出会い

新里さんがものづくりに興味を持ったきっかけは何だったのだろう。

-テキスタイルとの出会いのきっかけは?

「私の通っていた武蔵野美術大学は、入学する時にコースが決まってないんですよ。工芸科っていう所に入って、ぐるっと一周ものづくり全般を学ぶんですね。

陶芸、インテリア、木工、金属、テキスタイル…みたいな

何がきっかけで、テキスタイルを選んだか色々と振り返るんですけどね、一緒に暮らしていた母も祖母も手芸がすごく好きで、着なくなった服を端切れにしたりしてて。自然と手芸を選んだと言うか」

子供の頃は山で遊んだり生き物を捕まえたりすることは好きだったが運動が苦手で、どちらかと言うとインドア派だったという新里さん。

編み物やミシンをはじめるのも周りの子より早かったという。

「そうですね、学校から家に帰ってきたら雛鳥に餌をさし餌するか、宇宙人に手紙を書くか、変な占いを自分で考えたりとか…あとは手芸ですね」

自作の占いというのが、とても新里さんらしい。

一体どんなものだったのかちょっと見てみたいと思った。

ものづくりから10年離れる

「私、大学の時にモノを作ってて嫌になったんですね。もう大嫌いになってしまって…

周りの子を見ていても、作品を作っては一時的にギャラリーを高いお金を出して借りて、でも見に来るのは友達や学校関係の人だったりして。

同じ穴の狢同士で、あれは良かったこれは良かったと言い合って社会に馴染んでいない感じがしたんです」

作品を発表しても売れなかったら捨ててしまう場合もあったり、自己満足のためにゴミをどんどん作っているように感じてしまい、うんざりしてしまったそう。

自分が学んできた「ものづくり」によってゴミを増やしてしまっているというジレンマの中、生きていることも罪のように感じてしまったこともあったとか。

卒業後はものづくりから離れて、ゴミを出さない仕事がいいと決意し、美大受験のための予備校とシュタイナー学園の非常勤など、教育関係の仕事に就いたという。

教育の仕事は「自分の頭を使って、人を育てることができる」と感じた新里さん。

「藤野町(現:神奈川県相模原市)という小さい集落があって、大学院を出てすぐに引っ越したんですよ。藤野町はアーティストがいっぱい住んでいる街で、先輩が住んでいたんです。そこに引っ越してすぐ畑を始めて」

シュタイナー学園との出会いはたまたまでした。教育に強い関心があるとっても面白い友人がいて、法人格ではなくフリースクールとして都内にあった学園を藤野町の廃校になった小学校に誘致しようとしていました

「その友人が当時シュタイナー学園に手紙を書いたら、学校ごと、丸ごと藤野町に引っ越してきたんです」

-学校が引っ越して来たんですか

「藤野町が教育特区を持っていたのでシュタイナー学園が学校法人格を得られて、そこに通う生徒の家族も一緒に藤野町に移住してきたんです。世帯まるごと、何百人もです。一気に人口爆発」

当時シュタイナーバブルとも呼ばれ空き家もなくなって、空き地に次々と家が建っていったそう。すごい。

「子供が2〜3人いる家族が高校まで通わせようとすると、15〜20年この町に住むことになるのですごいことが起こったという感じで。

それで、学校が藤野町に移ってきた時に非常勤として働かないかと声がかかったんです。

今も向島に遊びに来たり仲良くしている俳優の村上虹郎はその時の生徒ですね。」

新里さん自身もパワフルな人だが、周りで起こる出来事もとってもパワフルだなと僕は思った。そしてその当時の生徒たちが色んな分野で活躍していて、今も交流があるという所もとても新里さんらしい。

そうそう、立花テキスタイル研究所の立ち上げから関わっているスタッフの齋藤さんも新里さんが予備校の先生をしていた頃の生徒である。

昨日、一口サイズのアイスを車の中で紛失したという齋藤さん。

つづく

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