石見銀山 群言堂

【第二話】バトン/書籍『ぐんげんどう』が出来るまで|三浦編集長【号外】

林:この本は社員の皆さんに向けてのバトンという意味合いが、やはり大きいと思います。

綺麗に整ってしまった言葉だけではなくて、生身の、リアルな人の歩みだからこそバトンが受け渡されて行く実感があるように思います。

これからの群言堂を引き継いで行くお一人である松場忠さんと、よくそんな話をしていました。



菅:登美さんでさえ知らない内容があったって最後に書かれていて、そうだったのかと思いました。



林:この本を社員の方がどういう思いで読まれるのかも楽しみなんですよね。

忠さんが、社員数も増えて、大吉さんと登美さんがちょっと遠い人みたいな存在になりつつあるので、そこをグッと自分に引き寄せるためにもこの本は必要なんですっておっしゃってました。



菅:きっと引き寄せられますよね。楽しみです。



林:大吉さんの紆余曲折を読んで社員の方々が「これは自分達も頑張らないと」って思うかもしれないですね。

大吉さんに任せっぱなしだと危ない!とか(笑)。それで群言堂が、よりパワフルになっていくかもしれないですね。



菅:それが大吉さんの作戦だったらすごいですね(笑)。

でも実際、本人は読まれることに関して結構ドキドキされていることを感じます。私、大変なものを作ってしまったみたいな気持ちもあるんですよ。

でも客観的に読んでもめちゃめちゃ面白いよね。



林:そうですね。藤井さんはまた独自の感想を持たれていました。

松場ご夫妻とのお付き合いも長くて、大吉物語的な部分はもうご存知なので、「石見銀山で、商売と文化的なものの両輪でどうバランスを取りながら生きてきたのかをもっと聞いてみたい」とおっしゃっていました。

そのあたりは本の後半に出てくるのですが、そこをもっと膨らませてはどうかと。

最終的には、佐藤や菅さんとも話をしていく中で、そういう部分と生身の部分とが半々ぐらいがいいんじゃないかということに落ち着きました。

今回の本は、藤井さんが撮影を始められた所からスタートしているので、藤井さんの思いや考えも大事にしたいと感じていました。

ですので、藤井さんにも大吉さんの文章を初稿の段階から読んで頂いて感想を伺ったりと、いろいろなことを相談していましたね。



菅:本当に大変なことでしたね。佐藤さんと藤井さんがいらして、私がいて、大吉さんの思いがあって、群言堂側の意見もあって……。



林:そうですね。少し気疲れしたかもしれません(笑)。



菅:普通の本は、著者とのやりとりだけで、そこまでたくさんの人の意見を聞かなくても、できることが多いんですけれど。



林:そうですね。



菅:それに林さんは、企画から始まり、デザインもして、編集もして、ほとんど全部なさったんですから、どれだけ大変だったか。



林:編集と言えるところまでは、できていないかもしれないですけれど。

今回は編集者の方を入れずに、自分たちでやれることは全てやってみようという気持ちでいました。

やっぱり群言堂さんだからなのか、それぞれの皆さんの思いが強いので、その重みを大事にしたかったのです。

素材だけ頂いてあとは佐藤と私だけで「こういう本でどうでしょう」というようなやり方は、今回はあり得ないなと思っていました。

細かなことも皆さんに逐一お伺いを立てながら進めました。その分大変だったのですけれど、それで道が自然と見極められたので、良かったんですよ。

菅:迷い道に入り込んだりはしなかったんですか?



林:そうですね、読み物本に関しては、大吉さんの考えに菅さんの考えもあって、藤井さんの思いもあって、佐藤もいて、どうしようかな…と頭を抱えることもあったのですが(笑)、ちょっと時間を置いたら皆「まぁ、あれはあれで面白いよね」などと納得して、自然と良い落としどころが見つかることもありました。



菅:いい感じに発酵したんですね(笑)



林:発酵でしたよね。



菅:その時見るのと、ちょっと時間を置いて見るのとでは、また違う感じがしてくることって、すごくあると思います。

そのおかげで、私としては大きな軌道修正もなくて助かりました。

ただ途中で、この本は締め切りがないし、いったい本当にできるんだろうか?と心配になったことがあったんですよ(笑)



林:そうですよね、私も思いました(笑)。そのうち大吉さんが「これはもう三十周年記念でいいんじゃないか」って言い出して(笑)。

皆でそれはさすがにやめましょう!となりましたが。藤井さんも「写真にも鮮度があるよ」とおっしゃって。

菅さんも同じようなことがあると思いますし、私も、この密度であと数年やり続けるのは無理だな…と思ったので、最終的には早く完成させましょう!ということになりました。

ただ、急がなかったおかげで本格的に走り出すまでの準備時間がうまく取れたかもしれないですね。



菅:締め切りがなくて、発酵できてよかった部分っていうのがね・・・。



林:ありますね。ただ、平凡社さんと話をして、この日に出しましょうと決まってからのスピードアップは、もう、大変でした(笑)。

最初は、どうしよう…とはなったのですが、それまで十分に練ってきていた分、進みは早かったですね。



菅:話が飛んじゃうんですけど、本の形もすごい面白いですよね。



林:そうですね、あれは佐藤のアイディアですね。「経と緯の本が一つに入ってる本なんてないよね。面白いよ!」と言って。

まだ内容も固まらないうちに本の形だけできました。このあたりは佐藤らしいですね。佐藤はよくそういう提案をするんです。

他の本でも「まずはボリュームだ」と言って分厚い束見本(つかみほん:実際の出来上がりと同じ紙とサイズで作られた見本)を作って、内容はそれからっていうときもあります。



菅:内容が決まっていないのに、まず束見本が出来上がっていたのでびっくりしました。

普通束見本って原稿が大分出来上がって、初校とかやっている時にできてくるくらいで。私は完全に、このとき目からウロコが落ちたんです。

今まで自分が長年やってきたやり方にとらわれていたなと反省しました。

本づくりのセオリーとか慣例とか、そういうところから解き放たれた人たちが作っていた感じですよね。



林:実は、正直に言うと私も、本を丸ごと一人でやったことがなくて。知らなかったんですよ、進め方とか(笑)。

わからなかったので、本のイメージをつかむためにも束見本が大事でした。



菅:それはすごい。初めてだとは感じませんでしたよ。



林:ほんとうですか?わからないから何度も何度も考え直して見直して。

色校正は、もう今回は藤井さんに頼らせて頂こうと思って、全部見てもらったんですよ。

印刷立会いに行く前に4回ぐらい見てもらって、藤井さんにも「こんなに見たのは初めてだ」と言われたくらいでした(笑)。

私も、これはもう、藤井さんにも責任を取ってもらおうと開き直っていました(笑)。



菅:撮影だってずっと立ち会ってましたもんね。



林:そうですね、冬と夏の撮影ですね。



菅:あ、二回でしたっけ? でもそれぞれが長かったですよね?



林:そうですね、夏は3泊くらいでしたが冬は二週間弱いました。



菅:二週間!私でもそんなに長期滞在したことないですよ(笑)



林:はじめは冬の写真なしで写真集を作ろうとしていたのですけど、打ち合わせで試しのレイアウトを大吉さんと佐藤と一緒に通しで見たときに、「春・夏・秋の様子が撮れていて、冬だけないのはもったいない」という話になりました。

大吉さんも、「じゃあ冬も撮りますか」とおっしゃって、簡単に決まっちゃったんですよ。

その話を藤井さんのマネージャーの田原さんにメールでご相談さしあげたら、しばらくお返事を頂けなかったんです。

何かすごくまずいことを言ってしまったのでは…とドキドキしていました。

しばらくしていただいたお返事には「冬の雪の撮影は本当に難しく、長期間滞在しないとチャンスが来るかもわからないのでスケジュールを確保できるかちょっと考えたい」とのことでした。

それでしばらく保留になっていたのですが、夏ぐらいに藤井さんから携帯にお電話をいただいて、「お正月休み全部返上だったら撮れるかもしれない。そこしかないと思う。」と言われました。

佐藤がお正月は別の予定を入れていたので、必然的に私が行くことになったのです(笑)。

雪の日に撮影した仙の山からみた大森町

菅:私、雪のシーンがあってやっぱりよかったなって思います。



林:冬景色が入ったことで四季折々の表情の違いが際立ちましたよね。

佐藤が本の文章の中で陸の孤島って言っていましたけれど、冬景色は特にそれを感じました。



菅:でも実際、石見銀山に雪がつもることって少ないんですよね。



林:実は藤井さんが夏ぐらいに仮想スケジュールをくださったんですが、それに書いてある通りに、年が明けてすぐ降ったんです。

そのときは、藤井さん、神がかっているなあ…と思いました。



菅:すごーい!!



林:すごいんですよ本当に(笑)。

理想的スケジュールとして考えてくださっていたのですが、「このへんで雪・撮影」と書いてある通りに降ったんです。

降らなかったら、藤井さんだけあと何週間か残って撮るという話になっていて、私はさすがにそこまではいられません…と思っていたので本当に良かったです。

ちなみにスケジュールには、空き時間にちゃっかり出雲大社観光なども入れて頂いていて、実際に行ったりしました(笑)。

藤井さんが、私やアシスタントの方々が飽きないようにと、いろいろと気を遣ってくださったんです。



菅:みなさん本当に、年末年始なのに、お疲れさまでした・・・。



林:でも逆に、阿部家で面白い体験をいっぱいできて良かったですよ。

みんなで焚き付けを拾いに行ったり、阿部家で登美さんがお食事の準備をしてくださるお手伝いをしたり。

なかなかない機会で、楽しくてあっという間に終わってしまった感じでした。



菅:石見銀山に行かれてみてどうでしたか?



林:やっぱり登美さん大吉さんと群言堂と、あと中村ブレイスさんがあるということも面白いなと思います。

群言堂が上の方にいて、中村ブレイスさんが町の下の方にいらっしゃって、お互いに上から下から少しずつ空き家を買い取られて改装されている様子もとても面白いと思います。

この町の建物や場所をうまく使って、いろんなことをされているというのが独特の魅力ですよね。



菅:ちょっと異空間というか、町に入るときに角を曲がるんですけど、その瞬間から違う世界に入っていく感じがしますよね。




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