石見銀山 群言堂

暮らす旅

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島根県石見銀山

温泉津温泉に泊まる
ここにいると“住民”になれるゲストハウス「湯るり」。
シェアキッチンが人の輪をひろげる「WATOWA」

ここは、歴史ある温泉街だ。日本でも有数の泉質を誇り、温泉に入ることができる。温泉街として全国で初めて、伝統的建造物群保存地区に指定された街でもある。

が、その知名度は、他の温泉街の陰に隠れているような印象をおぼえる。古き良き街並みゆえに、新しいお店や宿が少なく、平日はほとんど誰も歩いていない──年月を経るごとに、こうした風景が当たり前になっていったからかもしれない。

訪れる観光客もまた、60代のご夫婦が中心で、夕方に温泉津町に到着し、お風呂に入り、夕食や翌日の朝食は旅館で済ませて帰宅するという滞在が多かった。

そんな温泉津の過ごし方に、次世代の波を呼び込んだ宿が「湯るり」と「WATOWA」だ。

※「湯るり」と「WATOWA」は群言堂が運営する宿ではございませんが、その魅力をご紹介いたします。

取材・文:立花実咲
 編集・撮影:小松﨑拓郎
一部写真ご提供:湯るり

ここにいると“住民”になれる「湯るり」

はじまりは「湯るり」。築145年の古民家のゲストハウスで、2017年にオープンした。

温泉津町の温泉街を歩いていると、ひかえめな入り口が見える。

引き戸を開けると、大きなソファ、右側にはこじんまりとしたお座敷。筆者が訪れた際は、浴衣を着た宿泊客が本を読んでいた。

湯るり
『湯るり』は、個室があるゲストハウス。自分のプライベートも確保しつつ、誰かと交流したいときはリビングでも過ごせる2名まで泊まれる部屋「華|HANA」。
湯るり
1人専用の「風|KAZE」
湯るり
こちらも1人専用の部屋「森|MORI」。「風|KAZE」より広い
湯るり
最大4名泊まれる「雲|KUMO」

「湯るり」を手掛けたのは、近江雅子さん。現在、温泉津町で4棟もの宿を展開している。

近江雅子さん

近江さんが温泉津町に引っ越してきたのは、いまから9年前。お坊さんの旦那さんと一緒に、お寺のお勤めに邁進しつつ、地域の催しにも積極的に顔を出していたという。

「歴代住職たちが積み重ねてきた信頼の上に、私たちは迎えられていると感じていました。それに主人と常々『お寺を盛り上げるということは、その地域を盛り上げること』だと話していて。だからボランティアやお祭りにも必ず参加するようにしていました」

日々、お寺の仕事を通じて、温泉津町の未来と自分や家族の未来を重ねるようになった近江さん。そのうち、お寺と行ったり来たりしながら自分にできることは何かを、考えるようになった。その末に辿り着いたのが、宿泊業だったという。

「湯るり」ができてから、約5年ほど経ち、温泉津町には新しい活気が生まれ始めていた。今まであまり見かけなかった、30〜40 代のお客さまが少しずつ増え始めたのだ。

「私はよく、お客さまに近所の方をご紹介します。小さい町だから、歩いていると何回もお客さんと地元の方がすれ違ったり、あいさつしたりするんですよね。すると『○○さん、どこに行ってきたの?』って声をかけられたりします。

そういうやりとりが自然に生まれると、お客さまは町内の住民になったような感覚になるみたいなんです。その結果か、リピーターも増えていきました。近所の方も、リピーターさんには『お帰りなさい』って声をかけてくれることもあります」

地域の人々が自然体だからこそ生まれる居心地の良さゆえに、温泉津町に移住するにまで至った人もいるという。

「去年(2021年)の2月に『湯るり』に泊まってくださったお客さまが、毎月来てくれるようになって。最近、温泉津に移住すると決めたとおっしゃっていました。だから今は家探しの相談に乗ったり、畑をやりたいと言うから畑探しを一緒にやったりしています」

「近江さんが町の案内人なんですね」と筆者が言うと、近江さんは笑顔でこうおっしゃった。

「私じゃなくて、町の方々が、おもてなししてくれて、私はその間をつないでるっていうだけですよ。お客さまと、町の人たちをつなぐ役割っていうか、お客さんが町に馴染みやすくなるといいなと思っているだけです」

最大4名泊まれる「海|Umi」。火山灰が堆積してできた福光石で作られた照明が、やわらかいあかりで室内を照らす
海は2名まで

ゲストハウスというと、安い宿泊料で若者向けのにぎやかな施設というイメージが先行してしまうかもしれない。けれど「湯るり」に、そういった雰囲気はあまり感じられない。

「湯るり」の公式サイトには、「暮らすように泊まる」というコンセプトが書かれている。

暮らしには、常に驚きや感動、ドラマティックな出来事があるわけではない。地味で、とりとめもない時の流れの重なりが日常の暮らし、そのものでもある。

旅や観光という特別な時間の中で、「湯るり」はホッと一息つける、止まり木のような場所なのだ。だからこそ、自分がこの町に暮らしているような感覚を覚え、実際に移住まで心を決める方もいる。

「現在4棟の宿泊施設を運営していますが、私は『湯るり』にいることが一番多いです。落ち着くし、私にとってベースになる宿だと思っています」

「WATOWA」のシェアキッチンがひろげる人の輪

温泉津町のコンシェルジュと言っても過言ではない近江さんが手がける、もう一つの宿が「湯るり」から徒歩3分のところにある。

それが「WATOWA」。2021年にオープンした、現在(2022年11月時点)で一番新しい宿だ。今まで筆者が訪問した「湯るり」「HÏSOM」とは、雰囲気がまったくちがう。

【島根県・石見銀山】温泉津温泉に泊まる|頭はからっぽに、心は満たされる温泉津町日祖地区の一棟貸し宿「HÏSOM」

お風呂やトイレなど水回りは共有

男女それぞれ2段ベッドが2つずつある。それぞれカーテンで仕切られ、プライベートも守れる

「WATOWA」は、男女それぞれ専用のドミトリー形式の部屋がそろう。値段設定も、近江さんが手がける他の宿よりリーズナブルだ。

「WATOWA」ができたことで、中長期滞在する20代から30 代前半のお客さまが、ぐっと増えた。

ドミトリー以外にも2部屋の個室がある。それぞれ最大4名まで宿泊可能

「WATOWA」といえば、シェアキッチン。旅する料理人たちが日本全国から集まり、期間限定でシェアキッチンを活用し、それぞれ料理の腕を振るう。

あるときは中東料理のお店、あるときは中華、あるときはメキシカン……。

シェフたちにとっても、温泉津の食材を使って新しい料理のアイディアを試すことができる。住民や宿泊客は、近隣の飲食店ではなかなか提供されない料理を食べることができる。

「地元の方は外食なんてほとんどされません。旅館には温泉も食事処もあるから、観光で来たお客様も出歩く理由がないんですよね。だから飲食店の選択肢も少なくて。お客さまが来ないからお店がないのか、お店がないからお客さまが来ないのか……考えても分からないから、一緒にやっちゃおうと思ってできたのが、WATOWAです」

筆者が訪れたときは、メキシカン料理のシェフたちが滞在していた

「近隣の市町村から、わざわざ『WATOWA』を目指して来てくれるお客さまもいます。たくさんの人たちでにぎわう様子を見た地元の方々も、徐々に集まって来てくれます。今では私の娘がお客さまを案内したり、20代前半の子たちがグループで泊まってくれたりしています」

「WAOTWA」のシェアキッチンの仕組みは、温泉津町だけでなく、他の地域でも展開予定だと言う。

「WATOWA」でお店を出したシェフが、別の地域の系列のシェアキッチンに移動し、そこでまた料理を提供する。シェフは旅をしながら料理ができ、地域の人たちにとっては少ない飲食店に新しい選択肢が加わる──という構想だ。

「WATOWA」で1ヶ月、料理を提供していたシェフが温泉津町を気に入り、引っ越して近々お店を開くという。

「最近は、一緒に温泉津の将来を語り合える仲間たちが増えてきて、毎日ワクワクしています。 1人でできることには限界があるけれど、できる人を探してくると、どんどん輪が広がっていく。ここは、可能性がすごくある町だと思っています」

温泉津町を訪れたら「湯るり」や「WATOWA」に泊まって、町の中を、ゆっくり歩いてみてほしい。

地元の方から声をかけられたり、空腹にしみる料理の香りに引き寄せられたり。温泉津町の人々からあふれる、押し付けがましくないおもてなし精神と、やわらかな熱気に、心も身体も芯からあたたまってゆく。

そしてつい、温泉津に長居したくなってしまうに違いない。

「湯るり」詳細

住所:〒699-2501島根県大田市温泉津町温泉津ロ201
アクセス:〔飛行機〕出雲縁結び空港から1時間30分
 〔お車〕山陰道「江津IC」から25分 「出雲IC」から1時間
 「広島駅」から2時間
 〔JR〕JR山陰本線「温泉津駅」​徒歩20分 ​
 〔近隣スポット ※車移動の場合〕
 出雲大社:1時間 石見銀山:25分 江津市街:25分
 津和野:2時間
電話:090-9349-6558
 予約方法:公式サイトの「Stay」ページからお問合せください
予算:連泊いただきますと割安になります。
 華|HANA 5,000円/1人1泊(2名様まで)
 風|KAZE 5,000円/1人1泊(1名様専用)
 森|MORI 5,000円/1人1泊(1名様専用)
 海|UMI 5,000円/泊
 雲|KUMO 5,000円/1人1泊
公式サイト:https://yururi-yunotsu.jp
全室1名5,500円、連泊割引20%、一棟貸切30,000円+人数×2000円

「WATOWA」詳細

住所:〒699-2501 島根県大田市温泉津町温泉津ロ19
アクセス:〔飛行機〕出雲縁結び空港から1時間30分
 〔お車〕山陰道「江津IC」から25分 「出雲IC」から1時間 「広島駅」から2時間
 〔JR〕JR山陰本線「温泉津駅」​徒歩20分
電話:090-9349-6558
予約方法:公式サイトの「Reservation」ページからお問合せください
予算:1F 男性専用・女性専用
 上段:3,300円
 下段:3,600円
 ドミトリー貸切:14,500円
2F 和室
 11,000円 / 2名まで 追加1名につき4,400円、4名まで可
1棟貸し切り
 55,000円 / 10名-16名まで可  何名からでも貸切可能
ハイシーズン特別料金
 年末期:12月24日〜1月3日
 GW期:4月29日〜5月7日
 夏季:7月16日〜8月15日
公式サイト:https://watowa.club/