石見銀山 群言堂

梶山正「京都大原で暮らす」|第十八話 ノリちゃんの「四季の野草リース」

大原の原っぱでススキを収穫。左後ろの山は比叡山

近所に住むフラワーデザイナーのノリちゃん(辻典子)は、ベニシアのハーブ・ガーデンの助っ人として、我が家へよく手伝いに来てくれる女性だ。

NHK番組「猫のしっぽカエルの手」の撮影スタッフの人たちも、花や植物に関することになると、必ずノリちゃんに相談する。彼女は花が大好きなのだ。

2年前の春だった。出版社の編集者から電話がかかってきた。

「ノリちゃんがリンスの本を作ることが決まったので、撮影をお願いします!」カメラマンの僕に仕事が入ったのだ。

でもちょっと驚いた。いつのまにノリちゃんはハーブ・リンスを作っていたのだろう?もしかしたら、リンスだけでなくシャンプーとか石鹸なんかも作っているのだろうか。

おそらくノリちゃんは出版社に企画書を出し、それが会議で通ったのだろう。すごいなと思った。

ところでリンスの写真って、どうやって撮るのだろう?オシャレなガラス瓶などにリンスを入れて、化粧品の広告写真みたいに美しい写真が必要なのだろう。

これは困った。そんなことやったことがない。

タンポポは花が終えて綿毛になる前に収穫し、室内で乾燥させるのがコツ

それから半年が過ぎ、大原に編集者も来てミーティングとなった。

「ノリちゃん、すごいね。ハーブ・リンスを今まで作っていたとか、僕は全然知らんかったよ」

「ハーブじゃなくて野草です」とノリちゃん。そのうち、ノリちゃんと編集者の話が、僕の話と噛み合っていないように感じた。

「リンスってあのシャンプーの仲間みたいな、あの液体やろ?」と僕。

「なに言ってるの…梶山さん。今までずっとそう思ってたの?冗談みたい。あのね、リンスじゃなくて、リースです」と編集者。

「え〜、リースってあの花や茎なんかで作る、あの輪っかのこと?」

「そう」と言いながら、2人は堪えきれず爆笑した。

秋のリースの材料。そのまま花器に活けてもきれいだ

「四季の野草リース」本の撮影小話

大原に育つ四季の野草で作るリース作りの行程とリース作品の撮影が、2年前の秋から始まった。

まずはノリちゃんの家に簡易スタジオを作り、リースを作り進める段階で写真をこまめに撮る。

制作行程を漫画のコマのように見せて、読者に判りやすく説明するページ作りである。こうしてノリちゃんは、ひとつひとつリース作品を完成させた。

作品が数点集まったところで作品撮影だ。

最初は、ノリちゃんの友人が営む古道具屋さんの古民家を借りて撮影した。

リースを壁面に掛けるには、釘やピンで止めるのが通常だが、人の家でそれらは使えないので、テープなどで固定しようとした。

ところが、何度もテープが剥がれ、作品が床や地面に落下。苦労は多いが、撮影は進まず、せっかく作ったのに壊れたリースもあった。

家でリースを作るノリちゃん

次は、大きな喫茶店の部屋を借りることにした。ここもノリちゃんの友人が営む大原の店だ。

凝った作りの家なので、家の作りやインテリアの雰囲気を入れて、ちょっと引きめの撮影をしてみた。すると、

『リースを見せる本ですから、もっと寄ってください。周りの雰囲気は出さなくていいです』と編集者。

 寄りの写真でいいのならば、次は勝手知ったる我が家で撮影することにした。室内や屋外のありのままの壁面を使って、光の状態を見ながら撮影した。

『ちょっと田舎っぽいです。読者は都会のマンションに住む人なども多いので、もっとおしゃれに仕上げてください』と編集者。

「どうせ僕らは田舎っぺ!」と僕たちは2人で拗ねてしまった。それなら、東京のオシャレに精通したカメラマンが、撮りに来ればいいじゃないか。



しばらくして、拗ねる僕に大きな宅急便が届いた。

『これにリースを掛けて撮影してみてください』と編集者からの手紙と一緒に、90cm角のパネルが3個入っていた。撮影道具専門業者に注文したそうだ。

早速、その壁面を使って撮影してみると、テンポ良く楽に撮影が進んだ。色味や材質にもっと変化が欲しかったので、さらに3枚のパネルをノリちゃんと2人で手作りした。

業者の値段を聞いて、これ以上は編集者に頼めないと思ったし、パネル作りぐらい簡単だ。

こうして6種の壁面を準備して、リースの色味や雰囲気に合わせて壁面を変えた。『良くなりました。OKです』との返事を編集者からもらい、ようやく肩の荷がおりた。

出来上がった「四季の野草リース」の本

ノリちゃんの野草リース作りを見ていて、大変だなと思ったのは材料捜しである。

野草はそこらで勝手に育っているので、タダで手に入るのはありがたい。ところが、どこに何があるのか歩き回って、自分で見つけなければならない。

それから、いいタイミングで収穫する必要がある。花や実が小さいとたくさん集める必要もあるし、レアな品種だと欲しくても見つけられない。

でも、植物好きな人にとっては、楽しく有益な趣味に思える。

野草リースに興味がある人は、書店で手にとって見てください。


材料となる植物の例

ノリちゃんが使う主な植物の材料を列記する。

…ハルジオン、クサイ、タンポポ、レンゲソウ、ヒメオドリコソウ、キンポウゲ、ムスカリ、ナノハナ、ムラサキケマン、オヤブジラミ、ヤブジラミ、カモガヤ、檜の実、ヒメコバンソウ、イヌムギ、ナガハグサ

…チガヤ、スズメノヤリ、フウセンカズラ、グンバイナズナ、アザミ

…ススキ、メリケンカルカヤ、キンエノコログサ、カヤツリグサ、エノコログサ、野バラの実、立ち枯れアジサイ、アナベル、ヤマスズメノヒエ、ホオズキ、松ぼっくり、イヌコウジュ、タデ、ベニイタドリ、センニンソウの種

…野バラの実、チガヤ、ツルウメモドキ、柿のへた、ヤマノイモの種、各種の蔓植物、クヌギの実、サザンカの実、松ぼっくり







筆者 梶山正プロフィール

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かじやま・ただし

1959年生まれ。京都大原在住の写真家、フォトライター。妻はイギリス出身のハーブ研究家、ベニシア・スタンリー・スミス。主に山岳や自然に関する記事を雑誌や書籍に発表している。著書に「ポケット図鑑日本アルプスの高山植物(家の光協会)」山と高原地図「京都北山」など。山岳雑誌「岳人」に好評連載中。

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